春秋(5/31)
 映画には、ときに目に残って忘れ難いシーンがある。連続殺人事件を描いた今村昌平さんの
「復讐(ふくしゅう)するは我にあり」で息をのんだのは、キムチを漬け込んでいる女性を主人公が
襲う場面だ。殺される役の小川真由美さんが凄絶(せいぜつ)だった。

▼今村映画は土着的で重厚なタッチが特徴だが、それを支えていたのは女優だ。逞(たくま)しく、
ふてぶてしく、かなしい女の造形で右に出る者はいなかった。「赤い殺意」「楢山節考」「うなぎ」
……。若き日、小津安二郎、野村芳太郎、川島雄三と名監督に付いた今村さんだが、その誰の作品とも
違う女を追求していた。

▼東京・大塚の医家に生まれた今村さんは、ひ弱な都会っ子の自分に劣等感を抱いていた。そのためか
戦後、闇市に入り浸る。「週一度は新宿の赤線に泊まり、朝帰りには闇市で女にカレーライスをおごった」。
本紙に連載した「私の履歴書」にある述懐だ。人間を深く見る目は、この青春時代と無縁ではなかろう。

▼今年のカンヌ国際映画祭には日本からの出品もなく、寂しい思いが募った。そこに今村さんの訃(ふ)報(ほう)
である。二度もカンヌで最高賞に輝いた今村さんだが、闇市時代に黒沢明監督の「酔いどれ天使」を見たのが転機
だったという。「映画にはこんなことができるのか」。フィルムに、その情念を焼きつけた生涯だった。


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    kosanyj 發表在 痞客邦 留言(0) 人氣()